お墓と墓石のトップ >>  著名・有名人のお墓 > 文豪・森鴎外のお墓<著名・有名人のお墓>

文豪・森鴎外のお墓<著名・有名人のお墓>

言わずもがなの文豪・森鴎外(旧仮名遣い鷗外)。明治時代から大正時代の小説家、評論家であり、陸軍軍医であった事も有名です。学校の教科書には必ず森鴎外先生の作品が掲載されており、知らない人はいないと思います。

今でも森鴎外先生の研究が続けられており、記念館もあり縁の地には多くの愛読者が訪れています。森鴎外先生のお墓は、東京都三鷹市にある霊泉山禅林寺に建立されています。今回は文豪・森鴎外先生のお墓をお参りして来ました。

文豪森鴎外のお墓(三鷹市・禅林寺)

文豪森鴎外のお墓(三鷹市・禅林寺)

森鴎外先生のお墓(黄檗宗霊泉山 禅林寺)
住 所 :東京都三鷹市下連雀4-18-20
連 絡 :0422-44-8365
<最寄り駅>
・JR中央線「三鷹駅」より徒歩約10分
<お車で訪問>
・中央自動車道「高井戸インター」から約15分で到着
駐車場(有料)有り。トイレ有り。

比類なき才能の文豪・森鴎外

時代が違うとはいえ、12歳(本当は10歳とも)で第一大学区医学校(東京大学医学部)に入学できた森鴎外先生は、天才と言っても過言はありません。小説家だけでなく陸軍に所属する医師という横顔もあり、多彩な才能を持ち合わせています。

森鴎外 1911/10撮影wikipediaより

森鴎外 1911/10撮影wikipediaより

森鴎外(本名:森林太郎)1862年-1922年
石見国津和野(現、島根県津和野町)にて津和野の典医の長男として生まれます。10歳の時上京して現在の東京大学医学部に最年少で入学。卒業後は陸軍軍医となり、衛生学の調査研究のためドイツに留学しました。このドイツ留学経験により名作「舞姫」が生み出されました。

日清戦争(1894年)勃発後は、軍医として中国大陸に出征。日清講和条約調印後は台湾総督府の陸軍極軍医部長として台湾に赴任しました。

日露戦争(1904-1905)では第2軍軍医部長として出征。1907年には陸軍省医務局長という軍医のトップに上り詰めます。退官後は慶應義塾大学の文学科顧問に就任し、小説の執筆、評論活動に活躍しました。

三鷹市禅林寺に眠る文豪

黄檗宗 霊泉山禅林寺の山門(東京都三鷹市)

黄檗宗 霊泉山禅林寺の山門

森鴎外のお墓への案内板(三鷹市・禅林寺)

森鴎外のお墓への案内板




森鴎外の遺言碑(三鷹市・禅林寺)

森鴎外の遺言碑(三鷹市・禅林寺)

森鴎外の遺言 友人である賀古の書(三鷹市・禅林寺)

森鴎外の遺言 友人である賀古の書




三鷹駅からは徒歩約10分にある禅林寺は、住宅街に囲まれた地域にありました。壮麗な山門をくぐると境内が広がり、森鴎外先生の遺言の碑がありました。

遺言の碑には、軍医時代からの同僚で親友と呼ぶべき唯一の友である、賀古鶴所氏の筆により書かれてある。
森鴎外先生の遺言の一部
「余ハ石見人 森林太郎トシテ死セント欲ス」
(生まれた地の)石見の人 森林太郎として死にたい。

「墓ハ 森林太郎墓ノ外一字モホル可ラス 書ハ中村不折ニ依託シ宮内省陸軍ノ榮典ハ絶對ニ取リヤメヲ請フ」
墓には森林太郎墓以外は何も彫るな。墓に彫る文字は中村不折(洋画家、書道家)にお願いし、宮内省や陸軍による盛大な葬儀は絶対にやめてほしい。

桜咲く森鷗外のお墓(三鷹市・禅林寺)

桜咲く森鷗外のお墓(三鷹市・禅林寺)

森鷗外のお墓 文字は中村不折の筆(三鷹市・禅林寺)

森鷗外のお墓 文字は中村不折の筆




森鷗外のお墓 本名の森林太郎と彫刻(三鷹市・禅林寺)

森鷗外のお墓 本名の森林太郎と彫刻

森鴎外先生と向かい合う太宰治先生の墓

森鴎外先生と向かい合う太宰治先生の墓




禅林寺の墓所には、森鴎外先生のお墓の場所を地図で示してありましたので直ぐに見つけることができました。枝振りの立派な桜の木の下に、森鴎外先生はじめ森家の方々のお墓が並びます。

墓石には遺言どおり、森鴎外ではなく「森林太郎墓」と、洋画家・書家である中村不折氏の筆によるの文字が刻まれています。実は永眠された森鴎外先生は、当初墨田区向島の弘福寺に埋葬されました。没後の翌年に関東大震災(1923年、昭和12年)が発生、弘福寺が罹災したため現在の三鷹市禅林寺に改葬されました。その際、生地である島根県津和野町にある永明寺にも分骨されたそうです。

森鴎外先生のお墓の向かい側には、鷗外先生をこよなく尊敬した太宰治先生のお墓が建っています。太宰治先生著の短編小説「花吹雪」(1944年初版)では、主人公が禅林寺にある森鴎外先生のお墓を訪ね、ここで永眠したいと希望する一節があります。太宰治先生の心の内が見えたような文章です。

森鴎外先生の墓所は、静かで緑豊かなお寺さんの寺院霊園でした。様々な霊園を見学して、ご自身やご家族にとって理想的な霊園を探しては如何でしょう。


カテゴリー:著名・有名人のお墓   最終更新日:2015年7月24日

「著名・有名人のお墓」の関連記事

マンガ家の神様・手塚治虫さんのお墓<著名・有名人のお墓>

手塚治さんのサインの彫刻(豊島区總禅寺)
漫画界の巨人、マンガ家の神様など様々な形容詞で呼ばれる手塚治虫先生。「鉄腕アトム」や「ブラックジャック」、「リボンの騎士」など男女[...]

藤子・F・不二雄先生のお墓<著名・有名人のお墓>

ドラえもんが寄り添う藤子・F・不二雄さんのお墓
誰もが愛する漫画「ドラえもん」。日本の漫画文化を代表する作品で、海外でも大人気であることは言うまでもありません。ドラえもんの作者で[...]

小泉八雲のお墓は都心の雑司が谷霊園<著名・有名人のお墓>

供花に囲まれる八雲のお墓(都立雑司ヶ谷霊園)
我が国の文化を理解し、愛してくれる外国人が増加しています。訪日外国人旅行者は史上最高を毎年更新し、政府が目指す年間2,000万人に[...]

芥川龍之介のお墓は文学者が集まる巣鴨<著名・有名人のお墓>

桐紋が刻印された芥川龍之介のお墓(豊島区・慈眼寺)
日本を代表する小説家の一人、芥川龍之介先生。「羅生門」や「鼻」、「蜘蛛の糸」など教科書に採用されたり、今でも読み継がれる名作を世に[...]

太宰治のお墓は尊敬する鴎外と共に<著名・有名人のお墓>

人間失格など名作を著した太宰治のお墓
戦前から戦後にかけて、名作を著した作家太宰治先生。教科書にも載る「走れメロス」をはじめ、戦後発表される「斜陽」、「人間失格」などで[...]