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文豪のお墓 雑司ヶ谷霊園-夏目漱石、芥川龍之介ほか

今もなお読みつがれている名著。明治から昭和初期にかけて多くの大作家が現れました。後に文豪と呼ばれるような方々のお墓を紹介したいと思います。

文豪たちのお墓には、都心の都立霊園に建てられているお墓も多くあります。時代を経ても文学を愛するファンのお墓参りが絶えず、有名な観光スポットにもなっています。また、彼らの比類なき作品の素晴らしさと同様に、お墓の形もユニークで一見の価値あるものと思います。

小泉や雲のお墓 都営雑司ヶ谷霊園(東京都豊島区)

小泉や雲のお墓
都営雑司ヶ谷霊園(東京都豊島区)

小泉八雲1850-1904年
(本名:ラフカディオ・ハーン)

墓石の形状は、自然石の上に棹石(さおいし)を建てています。墓石も日本式の形状ですが、戒名ではなく「小泉八雲之墓」と刻まれています。

場所:都営雑司ヶ谷霊園
   東京都豊島区南池袋4-25-1

イギリス人で出版社の記者だったラフカディオは、日本に憧れを持ち1890年に来日します。島根県で英語教師にとなり、小泉セツと1891年に結婚します。後に日本に帰化し小泉八雲と名乗ることになります。日本・日本文化を海外に伝える紹介者して代表的な人物であり、日本人にとっても忘れさられた文化の復古の立役者とされ、没後に贈従四位を授かっています。
代表作:稲むらの火、怪談(耳なし芳一、雪女ほか)

夏目漱石の墓 都営雑司ヶ谷霊園(東京都豊島区)

夏目漱石の墓
都営雑司ヶ谷霊園(東京都豊島区) 

夏目漱石(1867-1916年)

とてもユニークな墓石の形状で、一人掛けの肘掛付きソファーの形をしています。背もたれに漱石と妻の鏡子の戒名が刻まれている夫婦墓となっています。

場所:都営雑司ヶ谷霊園
   東京都豊島区南池袋4-25-1


いわずと知れた文豪、夏目漱石。松山で中学校の教師となり、その経験が後の名作「坊ちゃん」の下地となります。イギリス留学後に東京に居を移しデビュー作となる「我輩が猫である」を執筆し、朝日新聞に入社を期に作家活動に専念することになります。多くの作品を世に著し「三四郎」「それから」「こころ」など、多くの方が今も愛する名著が生まれました。

芥川龍之介のお墓 慈眼時(東京都豊島区)

芥川龍之介のお墓
慈眼時(東京都豊島区)

芥川龍之介(1892-1927年)

墓石の形状は、棹石に当たる部分がサイコロ状の四角形です。これは、芥川龍之介が愛用した座布団を模した物といわれています。

場所:慈眼寺
   東京都豊島区巣鴨5-35-33


幼少期から秀才で、東京帝国大学英文科在学中に翻訳、執筆で名を現し夏目漱石からも絶賛される。代表作は後に黒澤明監督で映画化された「羅生門」や「藪の中」。今でも読みつがれる「蜘蛛の糸」や「地獄変」、「河童」など多数の名著を遺しています。毎年2回発表される芥川賞は、友人であった菊池寛により文学新人賞として設立されました。


カテゴリー:お墓と墓石の最新情報   最終更新日:2013年10月8日

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