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小泉八雲のお墓は都心の雑司が谷霊園<著名・有名人のお墓>

我が国の文化を理解し、愛してくれる外国人が増加しています。訪日外国人旅行者は史上最高を毎年更新し、政府が目指す年間2,000万人に近づいているとのことです。その中でもこよなく日本文化を愛する方に、翻訳家、文学者のドナルド・キーンさんがいらっしゃいます。日本文学に多大な貢献をされ、文化功労賞を受賞されたキーンさんは、東日本大震災を契機に日本国籍を取得しました。

ドナルド・キーンさんのように日本を愛した文学者の先人がいらっします。ライフカディオ・ハーン、日本名で小泉八雲先生は、今から遡ること125年以上前の明治日本の地に足跡を残しました。今回は小泉八雲先生のお墓をご紹介します。

供花に囲まれる八雲のお墓(都立雑司ヶ谷霊園)

供花に囲まれる八雲のお墓(都立雑司ヶ谷霊園)

小泉八雲先生のお墓東京都立雑司ヶ谷霊園
住 所 :東京都豊島区南池袋4-25-1
<最寄り駅>
・JR池袋駅東口下車徒歩約15分
・JR大塚駅前から都電「都電雑司ヶ谷」下車し徒歩で約5分
<お車で訪問>
・首都高「東池袋インター」から車で約5分で到着
駐車場なし。※近隣の民間駐車場をご利用ください。
トイレ有り。

日本人より日本を知った小泉八雲

耳なし芳一、雪女、ろくろ首など口伝えに残されてきた日本の怪談話。その怪談話をまとめ英訳し、世界に発表したのが小泉八雲先生です。忘れかけた昔話だったり地域性が強い怪談で、当時の日本人にとっても新鮮なお話だったかもしれません。

小泉八雲(1898年頃撮影)

小泉八雲(1898年頃撮影)

小泉八雲
(旧名ラフカディオ・ハーン)1850年-1904年

1850年、当時イギリス領だったギリシャのレフガタ島に生まれる。1852年にアイルランド、ダブリンに移住し幼少期を過ごす。
イギリスやフランスで学んだ後、アメリカに渡りジャーナリストとして文芸評論や報道に携わります。1890年に訪日し、アメリカで出会った当時文部省の服部一三(後に岩手や広島の県知事、貴族院議員)を頼り英語教師として、島根県松江尋常中学校に赴任します。翌年、旧士族の娘である小泉セツと結婚します。

1891年、熊本大学の前身となる第五高等学校(当時の校長は嘉納治五郎)の英語教師となる。
1896年、東京帝国大学の英語講師となる。この年に日本に帰化し、妻の姓と出雲国に由来する「小泉八雲」と名乗ります。1902年「骨董」、1904年、耳なし芳一など収録の「怪談」を出版。1903年には東京帝国大学を退職しますが、後任には夏目漱石先生が務めます。1904年、狭心症で逝去(享年54)

高層ビルに雑木林が林立する雑司ヶ谷霊園に八雲先生のお墓

都電荒川線が走る雑司が谷

都電荒川線が走る雑司が谷

高層ビルが囲む都心の雑司ヶ谷霊園

高層ビルが囲む都心の雑司ヶ谷霊園




東京都立の公営霊園、雑司が谷霊園は池袋駅に近い住宅密集地の真中ににあります。霊園の西側には都電荒川線が走り、下町情緒も残る地域であります。
雑司ヶ谷霊園は雑木林に包まれる都会のオアシスですが、その枝の先には池袋駅周辺の高層ビルが顔を覗かせる、都会の墓地ならではの情景です。

妻セツさんと一緒に眠る小泉八雲先生のお墓

1890年(明治23年)に日本の地を踏んだラフカディオ・ハーン先生。島根県松江尋常中学校(現、県立松枝北高校)に英語教師の職を得ます。

松枝に赴任した翌年(1891年)には、元松江藩士の娘、小泉セツさんとご結婚されます。この妻セツさんとの出会いがなければ、様々な著作物や翻訳が世に出なかったと思います。
武士の階級の家に生まれた小泉セツさんですが、明治維新の影響で生活が急変します。刀を手放した武士が始めた商売はことごとく失敗。なんと若い女性の小泉セツさんが一人で多額の借金を担うことになります。

この時代に女一人で家族を支え、借金を返すのは至難の業です。そんな頑張り屋のセツさんを見初めたのが、訪日間もないハーン先生でした。ご夫婦は子供が産まれた後、「パパさん」「ママさん」と呼び合い、二人だけで通じ合う簡易な日本語「ヘルンさん言葉」でコミュニケーションされたそうです。

妻セツさんから口伝えに聞く日本の昔話や怪談話に興味を持ち、次々に英語に翻訳していきます。若い頃から家族を支えるために働きづめの妻セツさんは、もっと私にも学問があったなら、夫の役に立てるのにと考えることがあったそうです。すると八雲先生は、妻の手をとり著作物を前に「誰のお陰で生まれた本ですか?」と労をねぎらったといいます。

早稲田大学の講師を務めていた1904年(明治37年)、小泉八雲先生は狭心症で突然の死を迎えます。来日から約15年(享年54)の早すぎる死でした。最晩年に居を構えた西大久保の近く、都立雑司ヶ谷霊園に埋葬されました。

樹木茂る雑司が谷霊園に建つ小泉八雲のお墓(都立雑司ヶ谷霊園)

樹木茂る雑司が谷霊園に建つ小泉八雲のお墓(都立雑司ヶ谷霊園)

供花に囲まれる八雲のお墓(都立雑司ヶ谷霊園)

供花に囲まれる八雲のお墓(都立雑司ヶ谷霊園)




小泉八雲先生には、「正覚院殿浄華八雲居士」の戒名が授けられ、日本国から贈従四位が贈られています。小泉八雲先生のお墓の向かって左側に、妻「小泉セツ」さんのお墓が寄り添うように建っています。夫婦仲睦まじく、二人三脚で歩んできた人生そのもの表現したお墓のように感じました。

小泉八雲の戒名「正覚院殿浄華八雲居士」(雑司が谷霊園)

小泉八雲の戒名「正覚院殿浄華八雲居士」(雑司が谷霊園)

八雲の妻・セツのお墓(雑司が谷霊園)

八雲の妻・セツのお墓(雑司が谷霊園)




自然石の上に真っ直ぐ伸びた棹石が立つお墓。小泉八雲先生のお墓と比べると少しちいさめで、寄り添うように立つ妻セツさんのお墓。本当にほほえましくなるご夫婦のお姿を見るようです。

現在日本の夫婦関係は複雑化しています。ご夫婦でも一緒のお墓に入りたくないなど、衝撃的な報道をするメディアもあります。小泉八雲先生、セツさんご夫婦のお墓を見て、何かハッと気づかされる方も多いのではないでしょうか。夫婦関係にも一石を投じるお墓と考えるのは、私だけでしょうか。


カテゴリー:お墓と墓石の最新情報   最終更新日:2015年11月10日

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