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直木賞の直木三十五のお墓<著名・有名人のお墓>

毎年2回、文学界を騒がせ、読書家の耳目を集めるのが直木賞と芥川賞です。エンタテイメント性の高い作品を選ぶ直木賞と、純文学の新人作家を選ぶ芥川賞。時代を超え読み継がれる名作や、文学界を代表するベストセラー作家を生み出しているのは言うまでもありません

直木賞の名前となった直木三十五先生は、大正から昭和初期にかけて活躍した小説家で脚本家、映画監督です。その功績を讃えて文藝春秋社の菊池寛氏により創設されたのが直木賞です。

横浜市金沢区の長昌寺にある直木三十五先生のお墓と、縁の地をご紹介します。

直木三十五のお墓(金沢区・長昌寺)

直木三十五のお墓(金沢区・長昌寺)

直木三十五先生のお墓(臨済宗建長寺派 長昌寺)
住 所 :横浜市金沢区富岡東3-23-21
連 絡 :045-771-6970
<最寄り駅>
・京急線「京急富岡駅」より徒歩約15分
・金沢シーサイドライン「鳥浜駅」より徒歩約15分
<お車で訪問>
・国道16号の東富岡交差点から約2分、国道357号の鳥浜町交差点から約3分で到着
※お寺さんには駐車場は御座いません。
 近隣の民間駐車場を利用するか、公共交通機関のご利用をお薦めします。

大衆文学の先駆的功績と直木三十五のお墓

毎回大きなニュースとしてマスメディアで伝えられ、読書好きに限らず多くの方がご存知の直木賞。書店には直木賞受賞作が平積みされていることも多いと思います。

一方で、直木三十五先生ご自身についてはあまり多くの知られていません。
時代小説が得意で、娯楽文学性の高い作品を著した直木三十五先生は、文学だけでなく脚本や映画監督でも活躍したマルチタレントの方だといえます。

直木三十五(1930年頃)

via Wikimedia Commons
直木三十五(1930年頃)

直木三十五(なおきさんじゅうご)
明治24年-昭和9年(1891年-1934年)
大阪市に生まれ、早稲田大学に入学するも学費未納で中退。その後、文学雑誌「主潮」、「人間」などを編集、出版に携わる。関東大震災で大阪に戻りプラトン社に入社。雑誌「苦楽」に自らも大衆小説を執筆し始める。
新聞の連載小説「南国太平記」が人気となり時代・歴史小説の流行作家になる。マキノ省三家に居候して、マキノ・プロダクション制作の映画に脚本や監督としても活躍しました。

昭和9年(1934年)結核性脳膜炎で43歳で永眠。
【代表作】
脚本「恩讐の彼方に」(1925年)、「室町御所」(1925年)ほか
制作「月形半平太」(1925年) ※連合映画芸術家協会として
監督・脚本「一寸法師」(1927年)
小説「合戦」(1928年)、「南国太平記」(1931年)、「楠木正成」(1932年)など

横浜市金沢区に佇む直木三十五のお墓

いまや大規模団地や住宅地、港湾の工業地帯に囲まれている横浜市金沢区の沿岸部です。まだまだ緑地も多く残り自然環境に恵まれた地域で、六浦霊園もこの横浜市金沢区にあります。その金沢区の富岡総合公園の緑地に接する長昌寺に直木三十五先生のお墓はあります。

直木三十五のお墓がある長昌寺(横浜市金沢区)

直木三十五のお墓がある長昌寺

長昌寺山門前の直木三十五墓所の碑(横浜市金沢区)

長昌寺山門前の直木三十五墓所の碑




お花が供えられている直木三十五の墓(横浜市金沢区)

お花が供えられている直木三十五の墓

自然石の直木三十五の墓(金沢区・長昌寺)

自然石の直木三十五の墓




社団法人横浜国際観光協会の案内によると、没後に現在の墓所に近い真言宗慶珊寺に埋葬されました。昭和53年(1982年)に道を挟んだ臨済宗長昌寺に改葬されました。

直木三十五先生が亡くなった後、親友であった文藝春秋創業者である菊池寛氏により、その功績を讃え直木賞が昭和10年(1935年)に創設されました。今でも毎年2月の命日には、長昌寺にて法要が行われています。

直木三十五宅址への道(横浜市金沢区)

直木三十五宅址への道

直木三十五宅址の碑(横浜市金沢区)

直木三十五宅址の碑




直木三十五の文学碑(横浜市金沢区)

直木三十五の文学碑

旧直木三十五邸の案内板(横浜市金沢区)

旧直木三十五邸の案内板




直木三十五先生は連合映画芸術協会を設立し、マキノ・プロダクションと共に行った映画製作は、赤字や失火、労働争議の難局を迎えます。『月形半平太』の大ヒットがあったものの、最終的に多額の負債を抱え「キネマ界児戯に類す」と言い残し、映画界から撤退します。

直木三十五先生の最晩年、長昌寺の近くに自ら設計した邸宅を建てます。48坪の平屋で和洋折衷の造りで、当時最先端の水洗トイレがありました。残念ながら完成後にこの邸宅に住めたのは一ヶ月もなく、昭和9年2月に永眠されます。築80年となった平成23年(2011年)、老朽化に伴い解体されました。

直木三十五先生の邸宅址
住 所 :横浜市金沢区富岡東4丁目1−8
     ※慶珊寺の向かって左の路地を登りきった場所にあります。

昭和初期、直木三十五先生の邸宅からは東京湾の海を見渡せたことでしょう。
現在、墓所のある長昌寺や邸宅址は横浜市金沢区となっており、現在でも緑豊かでお墓を建てるにはよい地域であります。

直木三十五先生の墓所は、緑に囲まれた大変素晴らしい環境であると思います。周辺の環境も考慮に入れ、お墓の建てる霊園を探しては如何でしょう。


カテゴリー:お墓と墓石の最新情報   最終更新日:2015年7月8日

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